【雑記】

自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ

「今後の国際社会はどうなっていくべきか」

 自分の国だけを優先する風潮が高まっている今の国際社会。EUの離脱や、トランプ大統領の就任など。これらを踏まえた上で、今後の国際社会はどうなっていくべきか、というお題。うーん。

 

 まず現状として、なぜ自国のみを優先する風潮が高まっているのか、というところだろうな。国の意思決定は多かれ少なかれ国民の意思に応じてなされるものなのであれば、国民が自国のことをまず守らねばと考えていることが挙げられる。

 グローバル社会と呼ばれて久しい時代だが、他国が自国を脅かすのではないかという恐れみたいのものは、日本で言えば北朝鮮などがそうだし、最近はあまり聞かないけどISとかもまさにそうである。このような世界に対し脅威を与え脅かす存在があることが、様々な国の国民を保守的にしているのではないだろうか、と考えることができる。

 また自国のことを優先して考えるという風潮は、グローバル社会のカウンターなのではないかとも取れる。国際社会が広がるにつれて、それまで国という個で存在していたものが、他国との関係の中にいれられる。それまで個で存在していた以上、関係の中でどうすべきかということは、なかなか考えることができない。つまり、一歩外に出てみたら意外とやばかったから自室に引き返した、というようなものではないか、とも考えられる。

 また理念でのカウンターとも考えられる。国際社会において、助け合いとか、価値観の多様性とか、相互承認とかが叫ばれ、それをよしとして、それを善として進んできた世界が、関係の善ばかりを求めて自国が損をしている結果がある。綺麗事ではうまくいかないということを学んだ国民が、まずは自国のことをなんとかしろよと、思っているのかもしれない。そうすると、これまでの綺麗事の理念では、通用しないということがわかる。

 国にも強弱というものがある。弱い国を守るためには強くあらねばならない。しかしアメリカでも難しいように、強い国なんていうものは存在しない。自国のことを考えたら問題山積みなのが世界である。その上で国と国が関係を結んでいくことのメリットはなんなのだろうか。それは強みを持って、弱みを補うということなのかもしれない。この関係のメリットというところを、もっと考えなければならない。

 

 いやー難しいなこのお題。範囲が広すぎるくせに俺の知識がなさすぎる。

 

 目指していくべき方向性は、世界の国々が安心して存続できるような状態である。持つものが持たざる者に分け与える社会である。しかし一つの国の中にも、持つものと持たざる者は存在する。自国の民を放っておいて、他国の民に何がしかする理由はないのではないだろうか。しかしこれは、日本は日本のことだけを考えてアフリカのことは無視せよ、ということに等しい。

 自国のことを考えなければならないのは国なんだから当たり前である。同時にしかし、世界にも目を向けていくべきではないだろうか。一つの国はその国だけで存在しているわけではなく、国際社会という関係の中で成り立っているからである。重要なのは、自国か、国際か、ではなく、このバランスではないだろうか。

 

  そしてこの話は、「国」を「人」に変えて、「国際社会」を「人間関係」に変えても、成り立つ。